業務オントロジー入門 第2回|業務から「もの」を切り出す 〜マスタ・出来事の記録・関係・言葉の決め方〜

設計書を集めても、型にはならない
「業務の型を作るなら、まずデータベースの設計書を集めればいい」
多くの方が、そう考えていると思います。
でも、それでは型にならないと私たちは考えています。
設計書は「どう保存するか」の都合で書かれているからです。型は、業務の言葉から作ります。データ設計に見えて、実際には「会社の言葉を決める」作業です。
前回、業務オントロジー(業務の型)は「もの・関係・状態・業務操作」の4つでできていると説明しました。今回はその名詞の側、ものと関係を決める方法を扱います。
この記事は、業務オントロジー入門シリーズ(全7回)の第2回です。シリーズの一覧はこちら。
まずは、材料をどこから取るかから考えます。
業務の説明から、名詞と動詞を抜き出す
いちばん単純で、よく効く方法は、業務マニュアルや担当者の説明から、名詞と動詞を抜き出すことです。
抜き出したもの | 型での候補 |
|---|---|
名詞 | もの、または ものの項目 |
動詞 | 業務操作 |
「〜の〜」 | 関係(顧客の受注、受注の明細) |
受注業務の説明文を1つ置いてみます(説明のための例です)。
顧客から注文書が届くと、営業担当が受注を登録する。1件の受注には複数の商品を含めることができ、商品ごとに数量と単価を記録する。登録後、経理が顧客の与信枠を確認し、枠内であれば営業担当が受注を確定する。枠を超える場合は保留とし、上長の承認を得れば確定できる。承認の記録は監査のために残す。確定した受注は倉庫に出荷指示が出され、出荷が完了すると請求書が発行される。
名詞を拾うと、顧客・注文書・営業担当・受注・商品・数量・単価・経理・与信枠・上長・承認・出荷指示・請求書。
動詞を拾うと、登録する・確認する・確定する・保留にする・承認する・出荷を指示する・出荷を完了する・請求書を発行する。
迷うのは、「承認」「点検」「返品」のような、名詞としても動詞としても使われる言葉です。
判断の基準は、その出来事について、後から問い合わせる必要があるかです。
誰がいつ承認したか、どんなコメントを付けたかを後で確認する。それなら「承認記録」をものにし、「承認する」を業務操作にします。
承認済みかどうかだけ分かればよい。それなら「承認する」という操作が、受注の承認状態という項目を書き換えるだけで足ります。
この説明文には「監査のために残す」とあるので、承認記録はものになります。
注文書は、受注の元になる書類なので、受注に添付する項目にします。営業担当・経理・上長は、ものではなく、次回の業務操作の権限として現れます。
抜き出した名詞は、2種類に分かれます。
「もの」には、長く居るものと、起きた記録がある
顧客や商品は、比較的長く存在し、項目がときどき更新されます。マスタと呼ばれるものです。
受注や出荷、請求は、ある時点に起きた出来事の記録です。日々大量に増え、原則として過去の分は書き換えません。トランザクションと呼ばれます。
マスタ | 出来事の記録 | |
|---|---|---|
表すもの | 長く存在する対象 | ある時点に起きた出来事 |
例 | 顧客、商品、拠点、設備 | 受注、出荷、請求、点検 |
増え方 | ゆっくり増え、項目が更新される | 日々増え、過去分は書き換えない |
大事なこと | 今どういう状態か | いつ、誰が、何をしたか |
型では、どちらもものとして扱います。ただし、設計の考え方が違います。
マスタは「今どうなっているか」を保てばよいことが多い。出来事の記録は「いつ、誰が、何をしたか」が本体で、後から見返せることに価値があります。
実務で迷うのは、両方の性質を持つものです。
受注は、出来事の記録です。でも、受け付けてから出荷まで、状態が変わり続けます。
このような対象は「状態を持つもの」として設計します。状態の決め方は、次回の主題です。
ものの候補が出そろったら、1つずつ確かめることがあります。
「1件が何を表すか」を言えるか
ものを決めるとき、私たちが一番大事にしている問いがあります。
「何が1つ増えると、1件増えるか」
受注なら、注文書が1通届くと1件増える。受注明細なら、注文書の中の商品が1種類増えると1件増える。これが言えるものは、ものとして立てられます。
言えないものの典型が、分析用に結合した表です。
ダッシュボードのために、「受注×明細×顧客×商品」を1枚の大きな表にしてあることがあります。集計には便利です。
でも、これをそのままものにすると、1行が何を表すのか(受注なのか、明細なのか)が曖昧になります。
「受注を確定する」という操作を実行するとき、どの行を更新すべきかも決まりません。
同じ事実は1か所にだけ保存する。これは、データベース設計で正規化と呼ばれる考え方の、いちばん大事な部分です。型の設計でも、ものの切り出し方の基準として、そのまま生き続けます。
ものが決まったら、ものとものをつなぎます。
関係は「何対何か」を決める
関係には、「何対何か」があります。設計の誤りの多くは、ここで起きます。
種類 | 例 | 注意すること |
|---|---|---|
1対1 | 社員 と 社員証 | 本当に1対1か疑う。再発行で1対多になることが多い |
1対多 | 顧客 と 受注 | 最も多い形。「多」の側が「1」の側のIDを持つ |
多対多 | 受注 と 商品 | 間に「受注明細」のような実体を立てる |
多対多の間に現れる実体は、業務上、重要なことが多いです。
受注明細、配属、契約。どれも、2つのものをつなぐだけでなく、数量や単価、期間のような固有の項目を持ちます。
単なるつなぎの表として扱わず、独立したものとして名前を付けるかどうかを検討します。受注明細は、「受注を確定する」操作が金額を合計する対象なので、ものとして立てます。
もう1つ、ものにするかどうかで迷う対象があります。
「あれ」と指して話すか
住所、金額、期間。これらは、ものなのか、ものの項目なのか。
判断の問いは1つです。「この対象について、後から『あれ』と指して話すことがあるか」。
あるなら、ものです。IDで区別し、項目が変わっても同じものとして追いかけます。
ないなら、項目(値)です。値が同じなら同じもの、変えるときは丸ごと置き換えます。
住所は、普通は値です。顧客の届け先住所が変われば、新しい住所に置き換えるだけです。
でも、配送拠点として管理し、拠点ごとに配送実績の履歴を追うなら、「拠点」はものです。
同じ言葉でも、業務の使い方で答えが変わる。だから、型は設計書ではなく、業務の言葉から作ります。
その業務の言葉が、揺れていることがあります。
言葉は、1語1義にそろえる
同じものを「受注」「注文」「オーダー」と呼び分けている組織は多いと思います。
逆に、同じ「出荷」という言葉が、倉庫を出た時点を指す人と、顧客に届いた時点を指す人がいることもあります。
業務の担当者と、システムを作る人が共通に使い、会話・文書・データ定義のすべてに同じ形で現れる言葉。これを、ソフトウェア設計の分野ではユビキタス言語と呼びます。このシリーズでは「社内共通語」と呼びます。
型のものの名前、項目の名前、業務操作の名前は、社内共通語そのものです。
業務の型を作ることは、社内共通語を確定させ、データに結びつけることだと言い換えられます。
やることは地味です。揺れを1つずつ潰して、1語1義にする。
「出荷とは、倉庫から商品が出た時点を指す。顧客に届いた時点は『納品』と呼ぶ」。こう決めて、用語集に書き、型の名前に使います。
ただ、全社で1つに決められない言葉もあります。
部門で意味が違うなら、範囲を分けて対応表を作る
「商品」は、営業にとっては価格と仕様の組み合わせです。物流にとっては、サイズと重量を持つ荷物。経理にとっては、勘定科目に紐づく品目です。
全社で1つの巨大な「商品」を作ろうとすると、すべての部門の要求を1つに詰め込むことになります。誰にとっても使いにくいものになり、合意はいつまでも取れません。
ソフトウェア設計では、1つのモデルと言葉が一貫して成り立つ範囲を決め、範囲の外では同じ言葉が別の意味を持ってよい、と考えます。このシリーズでは「意味の範囲」と呼びます。
業務の型は全社共通の層を目指すので、この問題に突き当たります。全社で共通にするのはIDと中核の項目だけにし、残りは部門ごとの範囲に分けます。実務では、3つに分けて考えます。
分け方 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
共通化するもの | IDと、全部門で意味が一致する中核の項目 | 商品コード、商品名 |
分けるもの | 部門固有の項目と、部門固有の業務操作 | 営業の標準単価、物流の梱包サイズ |
明示するもの | 部門間で意味がずれる言葉の対応関係 | 営業の「商品」と物流の「荷姿」の対応表 |
全社一枚岩のモデルを目指さない。これは、型作りが止まる最大の原因を避けるための原則です。
ここまでの方法は、業務マニュアルや説明文を材料にしていました。でも、マニュアルには書かれていないことがあります。
付箋で出来事を並べると、書かれていないことが出てくる
マニュアルから名詞と動詞を抜き出す方法は、書かれていないことを見つけられません。
さきほどの受注の説明文には、「取り消し」が出てきません。実際の業務では必ずあります。
これを見つける方法として、業務に関わる人が集まり、業務で起きる出来事を付箋に書いて時系列に並べるワークショップがあります。イベントストーミングと呼ばれ、アルベルト・ブランドリーニが2013年に公に紹介しました。
最小限のやり方は、次のとおりです。
- 出来事を過去形で書き、時系列に並べる。「注文書が届いた」「受注が登録された」「与信が確認された」「受注が確定した」「出荷が完了した」
- 各出来事の前に、それを起こした操作と担当者を貼る。「受注を登録する/営業担当」
- 操作の前に見ている情報を貼る。「与信残高」「受注一覧」
- もめた所、決まっていない所に目立つ色の付箋を貼る。「保留の基準が部署で違う」
付箋を前に、「その前に何が起きる?」「それは誰が決める?」と問い合うことで、暗黙の業務や部門間の食い違いが表に出ます。

出てきた付箋は、そのまま型の材料になります。出来事の記録はもの、操作は業務操作、担当者は操作の権限、見ている情報は検索や計算、もめた所は「未決」として定義表に残します。

「取り消し」のように、説明文から漏れた動詞を見つけることも、型作りの重要な成果です。
では、ここまでの方法で、受注業務はどこまで決まるでしょうか。
受注業務で試す
さきほどの説明文から、もの・関係・状態の候補を表にします。
もの | 区分 | 主な項目 | メモ |
|---|---|---|---|
顧客 | マスタ | 顧客ID、名称、与信枠 | 与信枠は経理が管理する項目 |
商品 | マスタ | 商品コード、名称、標準単価 | |
受注 | 状態を持つもの | 受注番号、受注日、状態、合計金額 | 状態は次回決める |
受注明細 | 受注と一緒に整合を保つもの | 明細番号、数量、単価 | 多対多の間の実体 |
承認記録 | 出来事の記録 | 承認者、承認日時、コメント | 「監査のために残す」のでものにする |
出荷指示 | 状態を持つもの | 指示番号、倉庫、出荷日 | 倉庫側の業務の単位として独立させる |
請求書 | 出来事の記録 | 請求番号、請求額、発行日 |
関係 | 何対何か |
|---|---|
顧客 と 受注 | 1対多 |
受注 と 受注明細 | 1対多 |
受注明細 と 商品 | 多対1 |
受注 と 承認記録 | 1対多(再承認がありうる) |
受注 と 出荷指示 | 1対多(分納がありうる) |
受注 と 請求書 | 1対多(分割請求がありうる) |

ものが7つ、関係が6本。最初の題材として、ちょうどよい大きさです。出荷指示も状態を持ちますが、このシリーズで状態遷移を描くのは受注だけにします。
動詞の側、つまり「受注を確定する」のような業務操作と、受注の状態は、まだ決めていません。次回の主題です。
推進担当が押さえる要点
- 業務オントロジー(業務の型)の材料は設計書ではなく、業務マニュアルと担当者の説明。名詞はもの、動詞は業務操作、「〜の〜」は関係の候補になる
- ものには、長く居るマスタと、起きた出来事の記録がある。両方の性質を持つ受注は「状態を持つもの」
- ものにしてよいかは「何が1つ増えると1件増えるか」で確かめる。分析用の結合表は、そのままものにしない
- 多対多の間に現れる「受注明細」「契約」は、固有の項目を持つ重要なもの
- 言葉は1語1義にそろえ、部門で意味が違うなら範囲を分けて対応表を作る。全社一枚岩を目指さない
- マニュアルに無い出来事は、付箋を並べるワークショップで見つける
名詞を決めると、オントロジーの動詞が見えてくる
ものと関係を決める作業は、データ設計に見えて、実際には「会社の言葉を決める」作業です。
そして、ものを決めると、「それに対して誰が何をしてよいか」という問いが自然に出てきます。
次回は、受注の状態を図に描き、矢印1本ずつを業務操作として定義します。
シリーズの目次
- 業務オントロジー入門 第1回|なぜ今、業務に「型」が要るのか
- 業務オントロジー入門 第2回|業務から「もの」を切り出す(この記事)
- 業務オントロジー入門 第3回|業務操作を定義する
- 業務オントロジー入門 第4回|基幹システムは置き換えない
- 業務オントロジー入門 第5回|型の上でAIはどう動くか
- 業務オントロジー入門 第6回|Palantir、Fabric IQ、SAPはどう違う?
- 業務オントロジー入門 第7回|最初の1業務を型にする
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参考資料
- Eric Evans, "Domain-Driven Design: Tackling Complexity in the Heart of Software," Addison-Wesley, 2003(ユビキタス言語、境界づけられたコンテキスト)
- Alberto Brandolini「Introducing Event Storming」(Ziobrando's Lair、2013年11月18日、https://ziobrando.blogspot.com/2013/11/introducing-event-storming.html (2026年11月1日確認))
Askhubについて
Askhubは、日本の中堅・大企業がAIに業務を任せるための基盤です。業務の型(オントロジー)でAIに許す操作を定め、承認と判断ログで任せる範囲を広げながら、国産の基幹システムまで書き込めるようにします。導入はコンサルタントが伴走します。
この記事で扱った「もの・関係・言葉の決め方」は、製品に依存しない設計の作業です。Askhubの導入では、コンサルタントがこの作業に伴走します。
※Askhubのサービスに関する記載は、2026年11月時点の情報です。
